非常食、防災グッズセレクトショップのセイショップ

HISTORYサバイバルフーズの歴史

1982年の年賀状

私たちは“食糧が戦略物資”の時代に生きています。
国際政治の緊張、異常気象で輸入食糧が突然ストップすることも十分ありえます。
そして今“地震”――――
持って逃げる一握の食糧ではなく、何日、自活できるかが問題ではないでしょうか。
スイスでは一ヶ月の食糧備蓄が国民の義務。
あなたの家庭は何日分でしょうか。
味覚について話すように、食糧問題を話し合う時が来ています。

1982 元旦

キューバ危機 米ソ冷戦による核戦争の危機が表面化する。

1962

新潟地震による液状化でコンクリート造の建物が基礎ごと倒れると言うショッキングなニュースが伝わる。

1964

第一次地震予知連絡会 発足

1965

第36回地震予知連絡会において、石橋克彦氏が駿河湾沖を震源とする巨大地震について報告(論文:「駿河湾を震源とするマグニチュード8クラスの大地震発生の恐れ」)をする。

1976

歴史上初めて未発生の地震に名前が付いた「東海地震」対策として、大規模地震災害対策基本法(大震法)が成立する。

東海地震を撃て!と書かれたリーフレット
1978

創業者である平井進が当時携わっていたデータアーカイバ(情報倉庫)業に関連して、「データを50年~100年保管するのならば、データを操作する人間の食料も50年~100年保存できなければ行けない」として、数十年の長期間の保存ができる食糧品(非常食)を求めて調査、フリーズドライ食品に至った。
フリーズドライ技術で当時最先端の技術を持つ米国オレゴンフリーズドライ社より、缶入りのフリーズドライ食品の輸入を開始。

1人90食備蓄時代と書かれた1978年のリーフレット

当時、非常食と言えば乾パンであり、保存期間は1年ほどが中心であったなか、「半永久的」に保存が可能である災害用備蓄食料品「サバイバルフーズ25」として、自治体を中心に営業を開始した。

当時の防災思想は、公助(国家が住民を助ける)が中心であり、公が配布すべき非常食は公平をモットーとするため、味は均一で低価格が求められた中、高価で長期保存のサバイバルフーズは斬新であった。

1978
1978年マウンテンハウスパッケージ

伊豆群発地震

1980年の新聞記事二つ。「伊豆近く本震か」「進む先に大地震の震源地」
1980

東急百貨店の全面協力による広告は、当時大きな話題となり、防災意識の高い個人が現れるきっかけとなった。

東急百貨店の映画地震列島パンフレット
1980

オレゴンフリーズドライ社との間に独占販売契約を締結。

1981年頃

累計販売数100万食突破

25年保存可能非常食サバイバルフーズ1985年のリーフレット
1985
25年保存可能非常食サバイバルフーズ1985年パッケージ

日本山岳会東海支部がサバイバルフーズと共に天山山脈の未踏峰・雪蓮峰(6627m)遠征。

1986

日本山岳会東海支部のパーティーがサバイバルフーズと共に中国・皇冠峰(7295m)に世界初登頂。

皇冠峰と非常食サバイバルフーズ
1993

阪神淡路大震災(死者6434人)が発生、戦後初めての都市型災害、ボランティア元年ともいわれ、お互いに助け合う共助の時代が始まる。また、全国自治体の食糧備蓄の不足が問題となり、関東、東海地区から全国へ、サバイバルフーズの導入が進んだ。

阪神淡路大震災で発生した火災
1995

賞味期限制度が導入され、それまで製造年月や輸入年月の表示だけであった食料品に、品質保持期限と言う期限表示がはじまる。この制度に合わせて、当時「20度以下の風通しの良い冷暗所に保管いただければ25年の保存が可能」と言う表現が、品質保持期限10年 20度以下で25年と言う表示となる。

25年保存可能非常食サバイバルフーズおいしい召しあがりかたと書かれた説明書
1996

自治体担当者の声から、サバイバルフーズ初のお米を使った非常食「洋風とり雑炊」「洋風えび雑炊」の2種類が加わり、人気を博す。

25年保存可能非常食サバイバルフーズ洋風雑炊を盛り付けている写真
1997
1997年に加わった25年保存可能非常食サバイバルフーズ洋風シリーズ

日本山岳会東海支部、サバイバルフーズと共にK2峰(8611m…)遠征。

K2峰と非常食サバイバルフーズ
1997

累計販売数1000万食突破

ダンボールと非常食サバイバルフーズ
2000
25年保存可能非常食サバイバルフーズ2000年のパッケージ

BSE(狂牛病)の発生により米国産の牛肉の輸入がストップし、チキンシチュー・クラッカー・トリ雑炊・エビ雑炊のみの販売となる。

2003

映画「県庁の星」(配給:東宝 監督:西谷弘/出演:織田裕二、柴咲コウ)にサバイバルフーズを提供。

2006

映画「日本沈没」(配給:東宝 監督:樋口真嗣/出演:草彅剛、柴咲コウ、及川光博、豊川悦司、石坂浩二、大地真央)にサバイバルフーズを提供。

日本沈没の撮影現場と提供された25年保存可能非常食サバイバルフーズの写真
2006

野菜シチュー(牛肉無)開発、サバイバルフーズの缶デザインを一新し、長期保存性と美味しさを表すロゴとデザインにより、普段から食べるのに遜色のない、それでいて25年の保存が可能と言う機能性をお客様に分かり易く伝えられるようになる。

25年保存可能非常食サバイバルフーズの新パッケージを紹介する日経デザイン記事
2008
2008年に維新された25年保存可能非常食サバイバルフーズパッケージ

賞味期限を25年とする(24度以下で保管)

25年保存可能非常食サバイバルフーズ2010年発行のリーフレット表紙三種類
2010

東日本大震災発生、南北500キロに渡る交通の遮断により、物流機能がストップ、被災地に物資を運ぶのにヘリコプターや人海戦術が取られる。電気の供給が不足する被災地に届けるため、食糧には常温保存性とハンドリング性能(取り扱いの良さ)が求められ、サバイバルフーズは重宝される。 パンや米、麺類など、多くの非常食は炭水化物であり、栄養バランスにかけるため、タンパク質(肉や野菜)が求められたが、重くかさ張る水分を多く含んだ非常食は運搬には不向きであった。

津波の被害にあった建物
2011

熊本で震度7を2回観測する大きな地震が起こり、現在も復旧作業中である。全国からスピーディーな援助が行われたにもかかわらず、初動期の1週間、食糧や水の不足が度々報道された。同規模の地震が東京で発生した場合、他府県からの援助を期待できないため、より深刻な物資の不足が予想される。

地層が大きく断裂している様子
2016

サバイバルフーズ 発売から38年が経過 累計販売数3000万食を突破

25年保存可能非常食サバイバルフーズ2016年のリーフレット
2016
25年保存可能非常食サバイバルフーズマカロニアンドクリームと野菜のクリームパスタのパッケージ
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